やなべって誰?

はじめまして、やなべと申します。

私は、前職は公務員をしていました。しかし、統合失調症という精神の疾病により、退職せざるを得なくなり、現在は縁あってとある楽器店で働かせてもらっています。公務員を退職して自分のアイデンティティを失い、精神的に追い詰められて、将来を絶望していたときから、現在のこのブログの前身である最初のブログを立ち上げるまで、どんな経過があったのかをここに記しておきたいと思います。

公務員を退職するまで

私は、とある官公庁に十年ほど勤めていました。人生については、特に何も考えることなく、日々の仕事をこなす毎日でした。将来の不安はなく、そんな毎日にも満足していました。転機が訪れたのは、退職する数か月前のことです。突然、幻聴が聞こえだしたのです。私の場合は幻聴というよりは、他人の出す音に言葉が乗ってくるという感覚です。非常に分かりづらいと思いますが、例えば机の引き出しを閉めたり、パソコンのキーボードを打ったりするときの音が、声として聞こえてくるのです。統合失調症の特徴として、こうした幻聴と現実の境目がなくなるというものがあるのですが、私もまさしくそれで、幻聴を現実のものとして受け取っていました。

それがある日から、私を責めるようになったのです。やなべは終わったとか、もう辞めてしまえとか、そういう声が四六時中聞こえてくるのです。当然、仕事に集中できる訳もなく、どんどんタスクは溜まる一方でした。そして、私は有休を使いしばらく休むことにしたのですが、そのときにはもう、退職を決意していました。不思議なことに、私を責める声は職場でしか聞こえなかったので、私はこの職場を辞めれば、もう責められることもないと思ってしまったのです。今思えば、なんという選択をしたのかと後悔しかありませんが、当時は必死にそこから逃れようとしていたのです。上司は休職することを勧めてくれましたが、私は頑として退職する意志を曲げませんでした。

アイデンティティの喪失

仕事を辞めてからは、本当に何もする気にならない生活が続きました。統合失調症の陰性症状というらしいのですが、身体はすぐに疲れるし、感情はなくなり平板化するし、何の意欲も湧かないという状況でした。そして、何より苦しかったのは、自分は社会の一員として、公務員として働いているというアイデンティティが崩壊してしまったことです。また、将来の不安にも押しつぶされそうになり、以前の働いている自分を思い出しては、今の将来の自分に絶望していました。なぜ自分はこんな仕打ちを受けなければいけないのか、そんなことばかり考えていました。障がい者となってしまった自分に絶望したのです。そんな状態なので、当然新しい仕事をする気にもならず、悶々としていました。

習熟することへの希望

そんなある日、知り合いから声がかかり楽器店で働かせてもらうことになりました。アルバイトでしたが、もともと音楽に親しんできたことから、興味の持てる分野だと思い、引き受けることにしました。そこで、私はある大切なことに気づいたのです。習熟することへの希望です。何も知らないところから、何かができるようになることの喜びと、それを糧に生きていけるのではないかという直観でした。統合失調症になったという事実も、公務員を退職したという過去も変えられないとすれば、どのように未来に希望を見出すか、それをずっと探していました。習熟することは、私にとって現在と未来をつなぐ架け橋のようなものでした。

価値創造していく決意

習熟することが、自分の人生にとって必要なことだと気づいた私は、では何のために習熟するのかを考えました。そのときに、自分は今まで圧倒的な消費者であったことに思い当たりました。仕事も、プライベートも、モノを購入するという行為が中心で、何を価値創造しているのかの実感がなかったのです。これは転換点だと思いました。ただ消費するだけの人生から、価値創造する人生へとシフトするときであると感じました。そして、何で価値創造するかと考えたときに、自分のできることは文章を書くことではないかと思ったのです。安直かも知れませんが、これは私の直観でした。これなら、続けることができるのではないか。実際、このブログの前身のブログでは、約二か月毎日文章を書き続けました。そして、これからも文章で価値創造できるようになることを希望に、書き続けていきたいと思います。

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